7月30日にカムチャツカ半島付近で起きた巨大地震では、北海道沿岸にも津波警報が発表されました。
被害を防ぐために海や川沿いにある水門や防潮堤の扉などを閉めた自治体は道内に5つあったのに対し、10の自治体が危険が伴うなどとして閉鎖できていなかったことが分かりました。
閉鎖した自治体でも、現場に担当者が出向いて手動で操作していたところも多く、専門家は検証が必要だと指摘しています。
1週間前の7月30日、ロシアのカムチャツカ半島付近を震源とするマグニチュード8.7の巨大地震が発生し、北海道の太平洋沿岸には午前9時40分に津波警報が発表されました。
NHKは北海道で津波警報が発表された沿岸部の37の自治体に対して、内陸に津波が入ることを防ぐために設置されている水門や防潮堤の陸こう、地下水路の扉の閉鎖について当時の対応を取材しました。
北海道 警報発表37自治体のうち10市町で167か所閉鎖せず
その結果、根室市や釧路町など5市町が77か所の水門や陸こうなどを閉める対応をとっていました。
一方、登別市や苫小牧市など10の市町では、陸こうや地下水路の扉など167か所について、津波警報が出ている中では作業は出来ないとして閉鎖しなかったことが分かりました。
さらに、閉鎖した5つの自治体のうち、遠隔で操作できていたのは浜中町だけでした。
残る4つの根室市、標津町、釧路町、白糠町は、津波警報に切り替えられる前の津波注意報の段階から、現場に担当者が出向いて閉鎖の作業にあたったということです。
2011年の東日本大震災では現場で閉鎖作業にあたった消防団員あわせて59人が津波で犠牲となったことから、国は自治体に対し、安全確保のために水門や陸こうの遠隔操作化や、扉を常時閉鎖するなどの改善を検討するよう求めています。
東日本大震災の被災地で現地を調査した東京大学大学院の松尾一郎客員教授は「過去の教訓を踏まえて守り手の命も守ることを徹底しなければいけない。対応に時間がかからなかったかなど課題を検証し、極力、現場の操作員に依存するのをやめるべきだ」と話しています。
根室市 職員が現地に出向いて手動で閉鎖の操作
北海道の根室市では、7月30日の午前8時37分に津波注意報が発表された際、職員が現地に出向いて手動で閉鎖の操作にあたりました。
市内には津波や高波に備えて、陸こうと呼ばれる防潮堤の扉が花咲港に52か所、根室港に11か所設置されていて、いずれも手動で操作する必要があります。
このうち花咲港では午前9時40分に津波注意報が津波警報に切り替えられる中でも作業が行われ、扉の閉鎖が完了したのは午前10時36分でした。
これは津波の第1波が観測された午前10時17分よりも、19分あとでした。
今回の対応について根室市は「作業にあたる職員のほかに港の潮位を監視する職員も配置して、海水面が岸壁をこえないことを確認して安全を確保しながら作業にあたった。住民の安全を守るためには必要な対応だった」としています。
登別市 地下水路の扉の閉鎖 作業員の安全確保するため見送り
一方、北海道の登別市では川の水が津波などで逆流するのを防ぐ樋門や樋管とよばれる地下水路の扉の閉鎖を、作業員の安全を確保するため見送っていました。
登別市は道から委託されたものとあわせて、20か所の地下水路の扉を管理しています。
このうち市内中心部を流れる胆振幌別川の河口近くには、市街地を流れる小川との間に高さ5mほどの扉が設置され、開閉は手動で作業する必要があります。
津波や大雨の際には水の逆流を防ぐためゲートを閉める必要がありますが、道のマニュアルで、大津波警報や津波警報が出た際には安全を優先して現地で操作しないよう求めています。
このため7月30日に津波警報が発表された際には、いずれのゲートでも閉鎖を見送りました。
ただ、津波の大きさによっては市街地に水があふれる「内水氾濫」が起きる可能性があります。
登別市都市整備部の小玉篤志土木主幹は「津波警報や大津波警報が出ると人命第一になると思うので、道には自動で開閉する設備の導入を進めてほしい」と話していました。
宮城 気仙沼市 防潮堤整備で3か所が未完了

気仙沼市では、14年前の東日本大震災の津波で大きな被害を受けたあとから各地で防潮堤の整備が進められてきましたが、市などによりますと県が整備を進める3か所は今も未完了となっています。

このうち魚市場前地区の防潮堤は本体は完成しているものの、「陸こう」と呼ばれる海側と陸側の行き来に使われる門に設置され、非常時は閉められる扉の自動化が完了していません。
震災でこうした扉や水門を閉める作業にあたった消防団員などが犠牲になったことを教訓に、扉は津波警報などの発表からおよそ10分以内に自動で閉まる設計でしたが、今回の津波警報には間に合わず開いたままになっていました。

こうした状況を受け気仙沼市の菅原茂市長は7月31日の記者会見で「防潮堤の完了までにこのような事態が起きないことを願っていたが、現実になった」と危機感を示しました。
そのうえで5日、宮城県の村井知事にこれらの防潮堤整備の早期完了を求める要望書を提出したということです。
魚市場前地区にある酒店の40代の男性は「立派な堤防ができても扉が閉まらなければ意味がないと思うので、早く工事をしてほしいです」と話していました。
【専門家】水門 防潮堤の陸こうの閉鎖 なぜ重要なのか 課題は

津波に備えるため、水門や防潮堤の陸こうなどの閉鎖はなぜ重要なのか。
さらに今回浮かび上がった課題はあるのか。
東日本大震災の被災地でも調査を行った東京大学大学院の松尾一郎客員教授に聞きました。
Q.沿岸部の水門や陸こうは何の目的で設置?
A.いざというときに津波が陸に遡上(そじょう)することを防ぐために設置されています。
港に漁業施設があると車などの出入りが必要なため基本的にふだんは開いていますが、津波が来る時には全部を閉めることで海水の流れ込みを防ぎます。
もともと多くの場所では手動でゲートを閉めることが多く、こうした操作は施設の管理者に限らず消防団や漁業関係者など地元の人に委託しているケースもあります。
Q.東日本大震災ではどのような課題が?
A.岩手、宮城、福島では多くの消防団員が亡くなりました。
彼らが何をしていたかというと、水門などの操作のために現地にいたところ津波に襲われて命を落としました。
こうした守り手の命を徹底して守ることが大事な教訓です。
Q.具体的にどのような対応が求められる?
A.極力、現地の操作員に依存することはやめて、役所などから遠隔で操作できるようにするべきです。
しかし、そうした対策には時間もお金もかかることから進みづらいのが現状です。
ただ、北海道では千島海溝沿いで地震が起きるとさらに短時間で津波が来ることが想定され、自動化や作業の省力化は国も含めて進めなければいけない課題です。
Q.すぐに対策が出来ない場合 どのような対応が考えられるか?
A.例えば設備を統合して対応が必要な場所を絞ること、利用状況を踏まえて常に門を閉めておくこと、全開ではなくある程度ふだんの水の流れを止めない程度に閉めておくことも考えられます。
あるいは、場合によっては閉門の操作をする人を行かせられないので、そうした想定のもとでいち早く避難してもらうことを地域で合意する方法もあると思います。
少なくとも操作をすることで命を落とすことがないように、さまざまな方法を検討してほしいです。
Q.一度閉じた門を住民の要望で開けた事例も。こうした対応は?
A.私が行った東日本大震災の被災地調査でも、漁業関係者から要望をうけて陸こうを再び開けた消防団員2人が亡くなったケースもありました。
これを防ぐための対策として東北では門が閉まっても内側に入れる道路や歩道を設けているところもあります。
こうした整備に時間がかかるのであれば、例えば岩手県宮古市では震災の前から消防団の活動は地震から15分で終えると決めていました。
このようにいつまでに全員逃げるというタイムラインをみんなで決めておくことも重要です。
そのためには津波の到達時間が非常に重要なので、より細かく地域ごとに伝える工夫が気象庁にも求められます。
7月30日の巨大地震 広範囲で津波観測
7月30日の午前8時25分、ロシアのカムチャツカ半島付近でマグニチュード8.7の巨大地震が発生しました。
これを受け気象庁は午前9時40分、北海道から和歌山県にかけての太平洋沿岸で3メートルの高さの津波が予想されるとして津波警報を発表していました。
このうち北海道と東北では、当日の午後9時前までの半日近くにわたって津波警報の発表が続き、沿岸部の自治体や防災関係者は避難の呼びかけのほか防災設備の調整などに追われました。
中には津波警報が発表されている状況で防潮堤にある「陸こう」と呼ばれる海側と陸側の行き来に使われる門に設置された扉や、水門などを閉める作業に従事している人たちもいました。
津波は北海道から沖縄県にかけての広い範囲に到達し、岩手県の久慈港では1メートル30センチ、仙台港では90センチ、北海道根室市花咲では80センチの津波を観測しました。