検察 「司法取引」運用拡大し特殊詐欺などの捜査に適用検討へ
容疑者や被告が捜査に協力する見返りに刑事処分を軽くする「司法取引」について、検察が運用を拡大し、特殊詐欺などの捜査に適用していく方向で検討を進めていることが関係者への取材で分かりました。
これまで司法取引は、特捜部による独自捜査事件などを対象にかなり限定的に行われてきましたが、特殊詐欺などの被害が拡大する中、犯行グループの摘発につなげるねらいがあるとみられます。
「司法取引」は、容疑者や被告が共犯者など「他人」の犯罪について捜査に協力すれば、見返りに検察が起訴を見送ったり求刑を軽くしたりする制度で、2018年に導入されました。
これまでで適用が明らかになっているのは特捜部が捜査する事件を中心に7年間で5件とかなり限定的な運用となっていましたが、最高検察庁が、運用を拡大して新たに特殊詐欺などの捜査にも適用していく方向で検討を進めていることが関係者への取材で分かりました。
特殊詐欺の被害が拡大する中で、警察が詐欺容疑で摘発したメンバーなどと検察が司法取引を行い、供述を得たり、スマートフォンに残されたやりとりの履歴などを入手したりして、指示役など中枢メンバーの摘発につなげるねらいがあるとみられます。
特殊詐欺にも適用が広がれば全国の検察庁で運用が行われる可能性もあり、最高検察庁では現場の意見を集約し、今後の運用指針を固めるものとみられます。
日本の「司法取引」の現状は
「司法取引」=協議・合意制度は、容疑者や被告が共犯者や首謀者の犯罪について偽りなく供述したり、証拠を提出したりして捜査に協力すると、見返りとして検察が起訴を見送ったり求刑を軽くしたりする制度です。
厚生労働省の元局長の村木厚子さんが無罪になったえん罪事件などをきっかけに、検察が描いた筋書きを密室で無理に押しつける取り調べのあり方が強い批判を浴びたことを背景に、取り調べに過度に頼らず証拠を集める手段として2018年に導入されました。
適用の対象は、贈収賄や詐欺などの経済犯罪や薬物犯罪などと法律で定められていて、企業の不正や組織犯罪などの解明につながると期待されていました。
しかし、実際の運用はかなり限定的となっています。
検察は件数などを明らかにしていませんが、導入から7年、これまでに裁判などで適用が明らかになったのは日産自動車の元会長のカルロス・ゴーン被告らが金融商品取引法違反の罪で起訴された事件など、特捜部が独自に捜査した事件を中心に5件にとどまっています。
こうした状況について刑事手続きのあり方について検討する法務省の協議会では、「容疑者が黙秘する事案が多くなっている中で、実務上のニーズは増していく」などと学者など複数のメンバーから積極的な運用を求める意見も出されていました。
一方で、司法取引をめぐっては無実の人を共犯者に仕立てるなど“巻き込み”の危険性も指摘されていて、実際に適用された事件で、裁判所が供述の信用性を否定するケースもありました。
運用の拡大にあたっては供述だけではなく、物的な証拠や供述を裏付ける客観的な証拠を得られるかが焦点となります。
適用範囲の拡大検討 特殊詐欺被害やトクリュウが背景に
検察が司法取引の適用範囲の拡大を検討している背景には、拡大する特殊詐欺の被害や「匿名・流動型犯罪グループ」=トクリュウなどの台頭があるものとみられます。
警察庁のまとめによりますと、去年1年の特殊詐欺の被害は2万1000件余りで、被害額は過去最悪の718億円にのぼり、おととしの452億円から1.5倍以上となっています。
トクリュウなどの台頭もあって、犯行グループは、犯罪ごとにメンバーを入れ替えたり履歴が残らない秘匿性の高い通信アプリで連絡を取り合ったりしているほか、捜査に非協力的なケースも多く、捜査ではどのように組織の中枢メンバーの摘発につなげるかが課題になっています。
このため、特殊詐欺に司法取引を適用することで摘発したメンバーから、供述のほか、データなどの物的証拠を提供させ、勧誘役の「リクルーター」、「指示役」などの摘発につなげるねらいがあるものとみられます。
専門家 “信用性の評価 裁判所においては慎重に”
元裁判官で日本大学大学院法務研究科の藤井敏明教授は「特殊詐欺事件がこれだけ多く発生し、甚大な被害が出ている中で、検察としても司法取引を対策の一つとして考えていることは合理的だ。いわゆるトクリュウなどによる特殊詐欺の捜査では『幹部の人はこんな特徴だった』とか『こういう名前を言っていた』といった供述などが得られれば、証拠として使える可能性はあると思う。また、客観的な裏付け証拠を得る手段としても使えるのではないか」と話しました。
一方で、司法取引で得た供述の評価については「運用が広がり各地の地方裁判所で信用性の評価が問題になるような場面があると思うが、裁判所においてはその証拠の評価は引き続き慎重に行われる必要がある」と指摘しています。