外国人旅行者が増加する中、急病などで病院を受診する外国人が増えているとして、国は医療機関ごとに外国人受け入れのマニュアルの整備などを推奨していますが、8割以上が整備していないことが、厚生労働省の調査でわかりました。
“医療機関ごとに受け入れマニュアル整備” 厚労省が推奨も…
政府は「観光立国」の実現を目指すとしていて、外国人旅行者数は去年、3687万人と、10年前と比べて2.7倍となるなど、地方を含めて全国的に増加しています。
厚生労働省は、外国人旅行者が増加する中、病気やけがで医療機関を受診する外国人も増えているとして、スムーズな診療のために、医療機関ごとに受け入れ方針をあらかじめ決めておくことや、受け入れた際のマニュアルの整備などを推奨しています。
このマニュアル整備の状況など医療機関の外国人患者を受け入れる能力を向上させることを目的に厚生労働省が毎年行っている実態調査の結果が公表されました。
調査は、全国の8220病院を対象に去年9月時点の状況を尋ね、71.3%にあたる5864病院から回答を得ました。
それによりますと、外国人患者に対応する体制整備状況をたずねたところ、自院における外国人患者数を把握していると回答したのは31.4%の1839病院で、68.6%の4025病院は外国人患者の受診状況を把握していませんでした。
また、外国人対応マニュアルを
▽「整備している」のは5.5%の320病院で、
▽「整備していない」のは87.3%の5120病院にのぼりました。
さらに、去年9月の1か月間での外国人患者による未収金の発生状況については、外国人を受け入れた経験がある2890病院のうち、
▽「未収金なし」が83.7%の2420病院、
▽「未収金あり」が16.3%の470病院でした。
医療機関での訪日外国人患者の対応をめぐっては、治療は自由診療で全額が患者の負担になるため、民間保険に加入していない患者が料金を支払わないと全額が未収金につながること、それに、海外の保険会社とのやりとりが職員への負担になっていることなどが課題にあがっています。
また、言語が通じずに専門的な治療方針を伝えることに時間がかかることなども課題です。
厚生労働省は「外国人を受け入れた経験が少ないことなどを背景に、体制整備を行っていない医療機関も存在するものと認識している。マニュアルの周知を進めるほか、医療通訳者やコーディネーターの配置支援、多言語資料の公開など、引き続き受け入れ体制の整備に向けた支援を行っていきたい」としています。
沖縄の病院 観光で訪れた外国人の患者が増加の中で
観光を国の成長戦略の柱として、「観光立国」の実現を目指すとして、国は訪日外国人旅行者数を2030年までに6000万人に増やすことを目標としています。
日本政府観光局によりますと、ことし1月から6月までは去年の上半期より21%増えて2151万人余りと、過去最速で2000万人を超えました。
こうした中、去年、訪日外国人の宿泊者数が全国で5番目に多かった沖縄県。
県内の中核病院の1つで、首里城や国際通りなどの観光地近くに位置する、沖縄県立南部医療センター・こども医療センターでは、観光で訪れた外国人の患者が昨年度は286人で、その5年前と比べて1.3倍に増加しました。
取材した6月には、那覇市に寄港したクルーズ船から、脱水症状などを訴えて台湾の95歳の女性が救急搬送され、4日間入院しました。
さらに翌日には、台湾から観光で訪れた12歳の子どもが海水浴後に急性中耳炎の症状を訴えて受診し、保護者は「あす東京に行くので、抗菌薬を処方してほしい」と訴えていました。
この病院では、翻訳アプリや県の医療機関向けの多言語コールセンターを利用し、外国語が話せる医療職のスタッフも対応するようにしていますが、診察や事務手続きには通常の数倍以上の時間を要するということです。
英語と中国語、それに韓国語の問診票を用意していますが、昨年度はドイツやマレーシアなど合わせて28の国と地域から患者が受診したということです。
沖縄県立南部医療センター・子ども医療センター 星野耕大救命救急センター長
「外国人観光客の場合、症状を聞くだけでも、日本人に比べて3倍はかかる。その上で、どこまで検査、治療するか、そしてどこからは母国で治療してもらうのか、治療方針を組み立てる上では3倍どころか5倍以上かかっている。今後外国人観光客がさらに増えることを考えると、われわれの負担も増える怖さはある」
鹿児島 医療機関と他業種が連携を模索
増加する訪日外国人客に対応するため、医療機関と他業種が連携を模索する地域も出ています。
鹿児島市では、外国人の宿泊観光客数が去年38万人余りと10年前のおよそ3倍になり、特に近年は外国のクルーズ船の寄港が増え、体調を崩した外国人患者への対応が課題となっています。
こうした中、乗客の入国サポートなどを行う船舶代理店業の会社が、クルーズ船で患者が発生した場合は症状の聞き取りや問診票の記入などを行い、医療機関との調整を担うようになりました。
専用の用紙を使って、患者の個人情報や詳しい症状のほか、通訳が必要かどうかなどを聞き取り、それを共有することで医療機関の負担を軽減しようとしています。
また、重症で救急搬送するケース以外は病院までのタクシーを手配したり、未収金につながらないよう病院に付き添って保険請求をサポートしたりすることもあるということです。
船舶代理店業「共進組」黒木猛さん
「観光をアピールするのであれば、いざというときの土台を作ることが必要だ。医療機関にできるかぎり治療に集中してもらうために、周りの関係機関がサポートすることも大切だ」
また、主に重症患者の対応にあたる「米盛病院」では、外国人患者を受け入れるための詳細なマニュアルを整備して対応しています。
例えば船舶代理店との連携マニュアルには、会社から提供される患者の情報を院内で共有する手順のほか、患者からの同意書の取得や、支払方法の確認、診断書の作成などの対応事項が記載されています。
さらに、外国人患者に対応する専門の部署を設けて、外国籍の職員が患者とのやりとりや海外の保険会社への請求などをサポートしています。
こうした取り組みで、訪日外国人の外来患者は去年89人と、9年間で2倍に増加していますが、大きなトラブルは発生していないということです。
米盛病院 冨岡譲二副院長
「地方の都市でも外国人旅行者は増えているため、いざというときに備えてマニュアルなど事前の備えは非常に重要だ。ただ、単独の病院だけですべてに対応することは難しいので、病院までの移送手段など、患者と医療機関をつなぐことについては、行政を含めて官民で連携して考えていく必要がある」
国は7年前に「総合対策」策定も 浸透は依然 道半ば
国は、7年前に訪日外国人患者への対応について「総合対策」を策定し、観光客が不安を感じずに医療を受けて安全に帰国できる仕組みを構築するとしています。
訪日外国人の医療費は全額自由診療のため、日本の社会保障の適用はありません。
そのため、在外公館や空港などで補償額が十分な民間保険への加入を推奨しているほか、医療費の不払いなどの経歴がある人については、その情報を法務省に通報し、入国審査を厳格化しているということです。
また、医療機関向けのマニュアルの整備や、医療通訳やコーディネーターの養成などを行っています。
一方で、観光庁の調査では、民間医療保険の加入率は令和5年度時点で72.6%で、平成30年度からほとんど変わっていません。
また、今回厚生労働省が行った実態調査では、医療機関のおよそ8割以上がマニュアルを「整備していない」と回答するなど、対策の浸透は依然として道半ばの状態です。