
福井 再審で前川彰司さんに無罪判決 今後検察が上告するか焦点
39年前、福井市で女子中学生が殺害された事件の再審=やり直しの裁判で18日、前川彰司さんに無罪判決が言い渡されました。判決は関係者の証言を誘導したなどと捜査機関を厳しく批判していて、今後、検察が上告するかどうかが焦点となります。

39年前の1986年に福井市で中学3年の女子生徒が殺害された事件の再審で、18日、名古屋高等裁判所金沢支部は前川彰司さんに無罪を言い渡しました。
判決は、有罪の決め手とされてきた知人らの目撃証言について、「捜査に行き詰まった捜査機関が誘導などの不当な働きかけを行い、関係者がそれに迎合した証言をした結果、形成された疑いが払拭(ふっしょく)できず、いずれも信用できない」などと指摘したうえで、「検察と警察の不正・不当な活動は刑事司法全体に対する信頼を揺るがしかねない深刻なものだ」と厳しく批判しました。
事件発生から40年近くがたち、逮捕当時21歳だった前川さんは60歳となっていて、弁護団は審理をこれ以上長引かせるべきではないとして、検察に対して最高裁判所への上告を断念するよう申し入れました。
名古屋高等検察庁は取材に対し、「判決内容を精査し上級庁とも協議のうえ、対応を検討したい」としています。
上告の期限は8月1日で、今後、検察が上告するか、上告せずに前川さんの無罪が確定するかが焦点となります。
判決は検察と警察の対応を厳しく批判
名古屋高裁金沢支部の判決は、検察と警察の捜査や裁判での対応を厳しく批判しました。
目撃証言を誘導したと認定
もとの裁判では「テレビで音楽番組を見ている時に呼び出され、前川さんを迎えに行った。胸のあたりに血が付いた前川さんを見た」という前川さんの知人の目撃証言が有罪の根拠の一つとされました。
これについて判決では、おととし検察が開示した警察の捜査報告書によって、この知人が「事件当日に見た」と話していた音楽番組の印象的なシーンが、実際には事件当日に放送されていなかったことが明らかになったとして、「警察が誤った放送日時や内容をもとに知人を誘導して、事件当日に音楽番組を見たという証言を得たことが認められる。警察官の誘導により、ありもしない体験についての証言が作り出されていることが明らかになった」と指摘しました。
さらに、この知人が裁判で証言したあと、警察官が結婚祝いとして現金を渡したことについて、「捜査段階の調書どおりに証言するよう働きかけ、知人がこれに応じて裁判で証言したことへの謝礼的な意味合いが込められていたとみなされてもしかたがない。警察官の職務に対する国民の信頼を裏切る不当な行為だ」と批判しました。
誘導の動機は「捜査の行き詰まり」
判決ではこうした誘導の動機について、「警察や検察は、捜査や裁判での立証に行き詰まりを感じ、前川さんを有罪に持ち込みたいという思惑を強く持っていたことから、誘導の意図も相当強かったと推認できる」と述べました。
そのうえで、「検察は再審で警察が関係者の証言を誘導したというのは『荒唐無稽』だと主張しているが、証拠関係全体を見ると、検察が『荒唐無稽』と評価するような捜査が現実に行われた疑いが浮かび上がる」と指摘しました。
検察・警察の不正「刑事司法の信頼揺るがす」
さらに判決では、検察がもとの裁判で音楽番組の放送日時や内容についての重大な誤りを明らかにしなかったことについて、「再審でもこの点について何ら納得できる主張がされていないこともあわせると、知らなかったと言い逃れができるような話ではなく、不利益な事実を隠そうとする不公正な意図があったと言われてもしかたがない。この誤りを適切に是正していれば、再審請求の前にもとの裁判で無罪判決が確定した可能性も十分に考えられる。
検察の訴訟活動に対しては、公益の代表者としての職責に照らし、率直に言って失望を禁じえない」と厳しく批判しました。
そして最後に、「検察と警察の不正・不当な活動は刑事司法全体に対する信頼を揺るがしかねない深刻なものだ。再審での検察の主張は、これらの不正な行為から目を背けた主張というほかなく、到底採用できない」と述べました。
再審制度 見直しの議論進む

再審の手続きをめぐっては、審理に長い時間がかかり、えん罪被害者の救済を妨げているとして見直しを求める声があがり、現在、法制審議会で法改正の議論が進められています。
長期化を招いている要因の1つとして、検察が裁判に提出していない証拠の開示についてのルールが定められていないことが指摘されています。
前川さんのケースで、再審を認める決め手となった捜査報告書は、2004年以降の1回目の再審請求の審理では開示されず、2022年以降の2回目の再審請求の審理で、裁判所から促される形でおととし、ようやく開示されました。
再審で無罪が確定した袴田巌さんのケースでも、最初に再審を申し立ててから重要な証拠が開示されるまでにおよそ30年かかっていて、結果として、えん罪を晴らすまでに半世紀あまりの歳月を要しました。
こうした状況を受けて、法務省は法改正の検討を法制審議会に諮問し、ことし4月から専門の部会で専門家や裁判官、法務・検察、弁護士の委員などによる議論が始まりました。
これまでに4回開かれた会合では、証拠開示のルールを設けることに異論はない一方、開示の対象となる範囲については意見が分かれています。
この中で、参考人としてヒアリングを受けた元検事は「通常の裁判の証拠開示よりも広く認めるのは賛成できない。裁判所が再審を認めるかどうかの判断に関連性や必要性があると認められる範囲とすべきだ」と主張しました。
こうした見解に対し、弁護士の委員は「再審を求める側は、検察官が無罪方向の証拠を持っているかどうか、事前に把握していない。範囲を限定すると、現在の実務よりも後退するおそれがある」としてこれまで開示されてきた重要な証拠が出てこなくなると訴えました。
法制審議会の部会では、さらに証拠開示のあり方などについて検討を進めた上で、法務大臣に答申する法改正の要綱のとりまとめを目指す方針です。